生活綴方運動の旗手であり、児童文学者、教育評論家、教育運動家でもあった国分一太郎。その国分一太郎の生涯を 長い、長い叙事詩のように映し出していくこと。それが、このホームページの大きな役割の一つである。

記念式典

記念式典

タントクルセンター

本日の会場、タントクルセンター。


開会

山形童話の会の山内和子さんの司会・進行で記念式典がスタート。


大江権八さん

主催者代表 地元東根の「国分一太郎・こぶしの会」会長 実行委員長 大江権八さんの挨拶。



田中定幸挨拶

国分一太郎「教育」と「文学」研究会 会長 田中定幸よりご挨拶。

               
東日本大震災において、被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、犠牲になられた方々とご遺族の皆様に、深くお悔やみを申し上げます。

さきほど、国分一太郎が8年間教壇にたった、旧長瀞小学校の校庭の松の木麓に、皆さんのお力添えを頂き、記念碑が建立されことを私からも、御礼もうしあげます。
さらに、こうして、今日とあす、国分一太郎生誕100年の集い、第7回国分一太郎「教育」と「文学」研究会を開くことができたことを、みなさんとともによろこびたいと思います。

3月11日の震災直後、わたくしたちは、「国分一太郎・こぶしの会」や地元の方々と、何年もまえから考え準備してきた、この「生誕100年の集い」を、この年、この時期に実施するかどうか考えあぐねていました。
けれども「北に向かいし枝なりき」と、東北の「土地」と「ひと」、「もの」と、「ことば」をこよなく愛した、国分一太郎の願いは、東北の「復興」です、「再生」です。
4月24日、東根で実行委員会を開きました。「自粛」したり延期したりするより、開催し、「北」への国分一太郎の「思い」を顕彰し、広げていくことが災害にあわれた方々に勇気を与え支援の力にもなると考えました。
それとどうじに、わたくしたちにとっても、国分一太郎が、くりかえし言っていた、事実から学ぶことと、たくさんの知識と、情報を自分のものとして、「前を向いて生きていく」こと。これは、「生活綴方」の精神でもありますが、これこそが、大事なことと考えました。
 そして、今日をむかえることができました。
 東根市をはじめご後援、協賛をいただいた、たくさんの方々に、あらためて感謝もうしあげます。また、被災された岩手、宮城、福島からも参加し、報告してくださることに、逆におおきな励ましをいただきました。本当にありがとうございます。
 さて、ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、記念碑に刻字された、

君ひとの子の師であれば
とっくに それは ごぞんじだ。
あなたが 前へ行くときは
子どもも 前をむいて行く。
ひとあし ひとあし 前へ行く。

 ご承知のように戦後にかかれた「君人の子の師であれば」の、巻頭にかかれた詩ですが、私は、教師に語っているだけではなく、人としての生き方をしめしているのではないかと思っています。
 国分一太郎は、やさしいことばで、「ひと」として、どう「しなやかに」、あるいは「ゆたかに」ときには「たくましく」、勇気をもって生きたらよいかを、いろいろなところで語ってくれています。
 どうぞ、この二日間、「国分一太郎」を、中心にした共有の場をみなさんにつくっていただいて、たのしくもありみのりのおおい時間を過ごして頂けるようにおねがいして、ごあいさつに代えさせて頂きます。



東根市長ご祝辞

「それでは、本日の来賓代表といたしまして、ご祝辞をいただきたいと思います。
 最初に、東根市市長、土田正剛氏(せいごう)様よりお願いいたします。」



結城 芳様よりご祝辞

東根市市議会議員 東根市市議会議員 結城 芳(ゆうき かおる)様よりご祝辞をいただきます。」



青柳 信雄様ご祝辞

「山形県県議会議員 青柳 信雄(あおやぎ のぶお)様よりご祝辞をいただきます。」



 →次の「生誕100年の集い(国分一太郎に寄せて)」へ!




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