生活綴方運動の旗手であり、児童文学者、教育評論家、教育運動家でもあった国分一太郎。その国分一太郎の生涯を 長い、長い叙事詩のように映し出していくこと。それが、このホームページの大きな役割の一つである。

六田の焼麩のこと

六田の焼麩のこと

 ほど遠からぬ前に発見されて、松尾芭蕉の「おくのほそ道」の原素材を理解するのに、かっこうの資料となったのが、曾良の『随行日記』であることは、いま、だれにも知られていることである。そして、その『随行日記』に、わずかに記されているのが、わがふるさとの町東根(いまは東根市) の大字六田である。尾花沢・大石田から、「静けさや岩にしみいる蝉の声」の句のある山寺 (立石寺)へむかう途中、羽州街道ぞいのこの六田を、芭蕉が通った。そのことを、曾良はその日記にしるしてくれているのである。

 ところで、わたくしは、このくだりをよむと、その六田にいたという青山永耕という画家が残している「紅花」(べにばな)製造の図 (現有)を思いだし、もしも芭蕉が、あの画家が元禄のころのひとであったら、当然その絵のことも『おくの細道』にえがかれたのではないかと思い、ふと残念におもうこともあった。「眉掃(は)きを悌(おもかげ)にして紅粉(べに)の花」は、このあたりを通るころに吟じられた気もするからである。わたくしが子どものころ、その青山家は蚕種製造業をいとなみ、その家にわたくしと同級の正雄くんがおった。

 その六田で思いだすのは、そこから小学校に通学する同級生または同学年に、麩(ふ)をつくる家の子がおおかったことである。あるいは、芭蕉がこの六田をとおったころから、この麩づくりははじまっていたのか、それはよくわからない。とにかくこの麩製造業は古くからおこなわれたものとつたえられている。そして、それらの家は斎藤という姓のところがおおかった。

 つくるのは、おもに「車麩」といわれる、円筒形のもので、そのしんのところは中空になっていた。その中空のところにワラをとおし、十本ひと組ぐらいにして、これを一把といったのだったかもしれない。わたくしも、斎藤民雄くんという同級生の家に、ある日、それをつくる工場を見にいき、炭火をカンカンとおこした上で、麩を焼く人びとのようすに、目を見はったのだった。そのとき民雄くんも、自分で小麦粉のとかしたのを手でもてあそび、なにかの形にしたものが、やがて焼きあがってみると、それはわたくしたち男の子が、からだの前にもっているものだったので、あははと、笑いころげたこともあった。

 この焼麩は、味噌汁の実にすることがおおかったが、祭の日の煮しめとして、ほかのものといっしょに重箱のある部分をかざることがあった。のちに、この土地でも、スキ焼というものをやるようになってからは、それの具とするようにもなった。どのようにして食うときでも、それに汁がよくしみこんでいるのがうまく、しかも、その麩に、ほどよい歯ごたえのあることが、おとなばかりでなく、子どもたちをもよろこばせた。

 この焼麩は、六田の麩とよばれ、町内はもちろん、近隣でも歓迎されたが、とおくよその土地へも送り出された。それで、わたくしたち子どもは、麩といえば六田をおもい、六田の麩づくりが、この土地の独特な産業であることをほこりにした。米とマユとタバコの葉以外に、名だたる産物はこの町にはなかったからである。

 したがって、この焼麩は「豆糖」 (大豆のまわりを黒砂糖でかこみ凹凸のいちじるしい形としたもの。なぞらえて“ウサギのかえし〈糞〉”などともいわれる ) という町の山本忠次郎菓子店でつくられる菓子とともに、東京などへいくときの土産物となった。

 六田では、いまも、この麩製造業がおこなわれ、ちかごろは、土産物とするとき、むやみとかさばらぬよう、圧搾機で押しつぶした「押麩」といわれるものまでがつくられている。ただし、むかしは土産(どさん)の小麦粉でつくられたものだったが、いまは、それもアメリカ産のものによっているのであろうか ?

 焼麩は、わたくしたちの子どものときから胃によいといわれ、また胃ガンもなおるなどと語りあわされたものであった。小麦たんぱく質から抽出したグルテンが主材料という。

 わたくしは東京に住むようになってからも、いなかの弟が、亡き父の友だちであった斎藤文四郎氏が古くからつくる焼麩を、ときどき送ってくれるので、昔をなつかしみながら賞味しつづけている。弟からは、それがなくなりかけたときになると、きまって「麩はまだあるか ? 」との電話がくる。

                                     (『いなかのうまいもの』晶文社・1980年 )


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