生活綴方運動の旗手であり、児童文学者、教育評論家、教育運動家でもあった国分一太郎。その国分一太郎の生涯を 長い、長い叙事詩のように映し出していくこと。それが、このホームページの大きな役割の一つである。

「豆糖」のこと

「豆糖」のこと

 五十年以上も昔のことになる。わたくしもすこし習い、妹が長い年月、小学校で習った柏倉直治先生から、なんとかしてと頼まれたことがあった。それは師範学校の生徒としてかよったわたくしから頼んで、学校の習字の先生である加藤伝治氏 (号は霞堂)に、唐紙四枚分の書をかいてもらってはくれぬかということだった。加藤先生は、学校の先生としてばかりでなく、書家としても県内で有名だった。

 けれども、わたくしは字がヘタで、加藤先生からは、毎学期六〇点ぐらいな評点しかもらえなかった。「お前の字は、ワラビかゼンマイのほしたみたいな字だ」といつも叱られていた。だから柏倉先生にいくらたのまれでも、加藤先生にそれをおねがいする勇気がわかない。そのようなある日、加藤先生は、わたくしに、こんどは五点ぐらいましてやるからなといったのだった。それも夏のシモフリの服の左のそで、ひじのところを、母親につくろってもらったのがよいというのにかこつけて、そういったのだった。が、それは「おれの点のひくさのおかげで、おめえ (庄内出身なので、おまえをこう発音した)の平均点が、いつもさがり、学年で成績順が下ってしまう。それが気の毒でなあ」との気もちのあることも、廊下でゆきあったときにもらしたのだった。

 そこで、わたくしは、これをよいことにして、おどおどしながら申しいでた。すると先生は、
「そうか、東根小学校でのお前のきょうだいの先生か。それなら、東根のあのウサギのかえし(糞) みたいな豆糖でも持ってこい。書いてやるから」
と、あっさりひきうけてくれ、四枚のふすま分を、まもなく書いてくれた。そして、お礼などはいらない。あれをもってこい、といったのだった。柏倉先生はおおよろこび、まことに恐縮したとのことで、その東根豆糖を、わたくしに持たせた。

 その東根豆糖というのは、大豆を赤みのおおい黒砂糖でつつんだもので、東根仲町の山本忠次郎さんという菓子屋さんがつくりはじめたものだとされていた。その菓子屋のことを、町のひとは「半兵衛さま」といったが、この「半兵衛さま」とよばれる店は、呉服屋のそれもあり、家のかっこうからして、呉服屋の方が本家のようにおもえたが、あるいは半兵衛というひとが菓子づくりをし、それを次男の忠次郎がうけついだのかもしれない。この「豆糖」のつくりかたは、半兵衛さまが発明したのかもしれない。

 大豆をいったのに、黒砂糖をとかしたあついものをまぜあわせ、それをさましたときにまわりに一面に凸凹(でこぼこ)の突起ができる。ちょうどそれはウサギの糞のようでもあり、あるいはマツの木になるマツカサのようでもある。その凸凹ができるようにすることが、製造上での秘密であり、これを山本忠次郎さんが発明したともいい、あるいは半兵衛さまが考案したとも考えられるのであった。忠次郎さんというひとは、たいへんな若白髪のひとで、まことに温和な性質のひとであったので、そのことについては、けっして誇るようなひとではなかったが、「元祖東根豆糖・半兵衛商店」の名はだいじにしていた。わたくしの父とは、サツキの花を咲かせることやニワトリを飼うことで、大の友だちであった。

 このような東根豆糖は、なんの名物とてない田舎町での唯一の名物となっていて、よそへくひとや東京へいくひとは、これを土産(みやげ)にもってでかけた。加藤伝治先生も、この豆糖の外側のあまさと内側の豆のこうばしさを、あるいは愛していたので、ただそれだけの使いもので、あれほどたくさんの書をかいてくれたのだったかもしれない。

 のちに、この豆糖は、東根温泉の猪野屋というお菓子屋でもつくるようになり、そこでつくるものには、内側の豆が、ナンキン豆のものもあった。また表面に白砂糖がかぶさっているものもつくられたような気がするが、表面に凹凸があるという点は、やはりあいかわらずであった。あるいは山本忠次郎さんから、その製造の方法を伝授してもらったのであろうか ?

 いまも「東根豆糖」は売られているが、半兵衛さまの店はなくなったようであるから、これは忠次郎さんに秘法をおしえてもらったひとが、つくりつづけているのであろう。
なお何年か前から、山形名物として「でんろく豆」というのが、表面を緑と白の砂糖につつまれたものとして、大々的に売り出され、有名になっているが、これも、もとをたどっていけば、東根豆糖の製造方法にいきつくのかもしれない。でも、わたくしの推察が正しいかどうかは保証のかぎりではない。

                                     (『いなかのうまいもの』晶文社・1980年)

                            


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